長野出身の文豪・島崎藤村の名作「夜明け前」からの命名であることはすぐわかりますが、この酒が広く知られるようになった際のエピソードにも重なっています。 元来は「頼母鶴」という銘柄で酒造りを行っていた同蔵が、昭和末期新たに南部杜氏を呼ぶことになりました。それまで長野県内の酒蔵は地元である諏訪杜氏や小谷杜氏、また隣県の越後杜氏が造りにあたるケースがほとんどで、南部杜氏というのは珍しいケースです。遠く岩手からやってきた大沼秀一杜氏のストーリーは、まず朝日新聞元旦特集の一面で紹介されています。そして1986(昭和61)年の関東信越国税局の新酒鑑評会では、「12号酵母」を用いた切れ味のある端正な酒質で4位に入賞。新聞と鑑評会の好成績は、それまで無名だった酒蔵が一気に注目を集めるきっかけになりました。当時より市販が始まった純米生酒「夜明け前・生一本」は、生酒特有のみずみずしい感触が評判となり、以後同蔵の看板商品となっています。 小説は「木曽路はすべて山の中である」のくだりで始まる。このイメージ通り酒蔵は山間の町に位置するが、鄙にはまれなスマートな酒質は信州を代表する酒の一つとして輝きを放っています。(松崎晴雄)