夏に平井商店の「浅芽生 湖雪」を飲んだ時、酒屋のオッちゃんに「冬に出る『熊蟄穴(くまあなにこもる』はうまいよ〜」と言われた。(「湖雪」のレビュー参照)
冬になってお店から「入ったよ」と言われたので、素直に買う。
夏に一緒に飲もうと思った相手とは、どう考えても今、距離を置くべきだと世界中が言ってる気がする。わかってる。
思い出をぐるぐる巻きに封印し、近づかないようにすれば、忘れられる。
冬ごもりの熊のように引きこもり、ひたすら眠って哀しみの吹雪をやり過ごそう。
春が来たらのっそり穴から這い出して、あーいい夢見たけど忘れちゃった、と笑おう。
……そう決意したのに。
飲み仲間としてお酒の情報をやり取りするうちに、少しずつ引き寄せられていく。
「王冠飛び出し注意って書いてあるやん」
「自分で開けるの無理でしょ」
「かなり飛ぶんちゃうかな」
向こうは「積善 初しぼり」をチラつかせながら、そっちの穴に引き込もうと誘ってくる。
結局、酒びんを抱えて同じ部屋で向き合ってる私、何をしてるんだろう。
間合いを詰められないように言葉と態度で棘(トゲ)を立てて、「開けて」と「熊蟄穴」を差し出す。
その人は嬉しそうに、吹きこぼれたら困るから、とキッチンでふたをそっと開ける。
王冠は飛ばず、お酒があふれ出ることもなく。
はい、じゃあ開けてもらったから帰りますね。
そんな強さがあったら、そもそもここにいない。
開けたて、美味しいよね。
散々2人で飲んだ「ぷちしゅわ胸キュン系」。熊が冬ごもりを始める寒い時期に作る、今の季節だけのフレッシュなお酒なので「今飲むのが最適」なのはわかる。
おりがらみで甘さ旨さが顔を出しつつキレも良く、すいすい飲めてしまう。
ちょっとだけ注いで、のはずが気がついたらビンが空になり、意志の力も判断力もとろけて、ぬくぬくした穴で寝過ごして飛び起きたりした。
お酒のせいにして始まり、会い続け、終われない。
古今亭志ん生の小噺をふいに思い出す。
「お前さん、なんだってあんなダメな亭主といっしょにいるんだよう」
「だって寒いんだもの」
春になるまで、答えを先送り。
……だって、寒いんだもの。
特定名称
純米吟醸
酒の種類
無濾過生原酒
テイスト
ボディ:軽い+1 甘辛:普通